伊藤詩織(元ロイター通信ジャーナリスト)の経歴と顔画像!本名で山口敬之氏を告発の経緯と真相とは?

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5月29日、元TBSの政治記者でジャーナリストの山口敬之(やまぐちのりゆき)氏から暴行を受けたとして28歳の女性が顔を隠すことなくその素顔と本名を公表して会見を行いました。

異例の顔出し告発を行ったのは「詩織さん」で、ネットでは彼女への関心が高まっています。

会見では下の名前のみを公表した詩織さんですが、自身も元ロイター通信勤務のフリージャーナリストとして、日々の活動をブログやフェイスブックページ、ツイッター、インスタグラム、Behance(ビーハンシ)などに投稿しており、苗字は「伊藤」で、フルネームは「伊藤詩織」であることがわかりました。

ここでは、伊藤詩織さんと山口敬之氏の経歴や顔画像、詩織さんが公表した山口敬之氏との出会いやメールでのお互いのやり取りの経緯を見ながら事件の背景や真相に迫りたいと思います。

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元ロイター通信ジャーナリスト伊藤詩織さんが顔出し・本名で山口敬之氏を告発へ

5月29日、28歳の女性が顔を隠さず本名で臨んだ異例の会見が開かれました。
被害を訴えたのはフリージャーナリストの詩織さん。
会見では姓名は非公表でしたが、彼女は、自身の活動をブログフェイスブックページツイッターインスタグラム、Behance(ビーハンシ)など、複数のSNSに投稿しており、本名(フルネーム)は伊藤詩織さん(いとうしおりさん)であることが分かりました。

伊藤詩織さんのブログには彼女の作品が紹介されていますが、作品は全て英語で、海外版のロイター通信や、エコノミスト、CNA、アルジャジーラへ寄稿するフリーのジャーナリストとして活動されていました。

そんな詩織さんが被害を受けたと訴える相手は、ジャーナリストの山口敬之(やまぐちのりゆき)氏(51歳)。

山口敬之氏は、慶応義塾大学経済学部を卒業後、TBSの政治記者として安倍晋三首相が官房副長官や自民党幹事長の頃から取材をしており、官邸キャップやワシントン支局長などを務めた人物で、昨年2016年5月にTBSを退職した後は、著書「総理」などを出版し、最近では安倍晋三首相をよく知るジャーナリストとして度々、テレビに出演をしています。

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伊藤詩織さんと山口敬之氏との出会いから事件、不起訴までの経緯

■出会いは2013年
伊藤詩織さんと山口敬之氏が出会ったのは今から4年前の2013年のことでした。
当時、学生だった詩織さんは、知人を介して山口敬之氏と知り合います。

■2015年3月 就職の相談で急接近
伊藤詩織さんと山口敬之氏が急接近したのは2015年のことでした。

2015年3月、当時、ワシントン支局長だった山口敬之氏の元へ詩織さんは支局で働きたいとメールで応募。3月25日、山口敬之氏からは「インターンなら即採用、プロデューサー(有給)でも真剣に検討する」との好意的な返信が届きます。

■2015年3月 東京で食事に誘われる
3月28日、再び山口敬之氏からメールが届きます。その内容は、ワシントン支局での採用の最大の関門はビザであること、TBSで支援することが可能であること、そして、米国から一時帰国するので伊藤詩織さんに会えるかどうかの打診がありました。

詩織さんは「相談の続きをしよう」と山口敬之氏からの食事の誘いに応じます。

■2015年4月3日 伊藤詩織さんと山口敬之氏が東京で会食後意識を失う
詩織さんによると、この日、2人は東京・恵比寿の串焼き店で会食後、2件目の鮨屋に入店しますが、ここで詩織さんの身体に異変が起きます。鮨屋では、詩織さんは日本酒2合を山口敬之氏とシェアして飲んだだけにもかかわらず、トイレで記憶を失ってしまいます。

■2015年4月4日 ホテルにて詩織さん事件へ
翌朝、伊藤詩織さんの意識が戻った時、彼女はホテルのベッドの上におり、その際、詩織さんの意志に反して行為を行われたと主張しています。

■2015年4月末 警視庁高輪警察署に被害届を提出
その後、詩織さんは事実を確認するため山口敬之氏とメールのやり取りを続けますが、認識の違いを感じた詩織さんは4月末、警視庁高輪警察署に被害届を提出しました。

■2015年6月 逮捕状を取った旨の連絡を受けるが・・・
6月に入って、詩織さんは高輪署から山口敬之氏の逮捕状を取ったとの連絡を受けますが、逮捕の直前に予想外のことが起きたといいます。

■2015年6月8日 上からの指示で山口敬之氏の逮捕執行ならず
この日、複数の捜査員が成田空港に待機し、帰国する山口敬之氏を逮捕するため待ち構えていましたが、山口敬之氏が逮捕されることはありませんでした。詩織さんによると、捜査員から電話でその旨の説明を受けた際、「上からの指示」で逮捕をすることが出来なかったと告げられたというのです。

関係者によると、逮捕直前に報告を受けた警視庁本部が、山口敬之氏の逮捕状の執行を止め、捜査は警視庁本部の捜査一課預かりとなり、山口敬之氏は書類送検となりますが、翌年2016年、東京地検は嫌疑不十分で不起訴としました。

当時、捜査を指揮した警視庁の刑事部長は、自らの判断で逮捕状の執行を止めたことを認めた上で、高輪署の捜査は詩織さんの証言をなぞっているだけのものであり、捜査一課にてしっかり捜査をした結果、起訴されるものでなかったと主張しています。

伊藤詩織さんの会見を受けて、5月29日、山口敬之氏は自身のフェイスブックを更新し「法に触れる事は一切していない」と反論。また、詩織さんが不起訴となった昨年には不服申し立てをせず、山口敬之氏がメディアに露出するようになった今、会見を行ったことにも言及しています。

5月29日、伊藤詩織さんは検察審査会に審査を申し立て、再審査を求めました。今後、捜査書類を検討するなどして、不起訴の判断が妥当であったかが審査されることになりますが、その再審査に再び「上の指示」が及ばないよう、詩織さんは全ての経緯を会見で明らかにしたと思われます。

山口敬之氏という安倍晋三首相に近い著名人の逮捕直前に、警視庁から待ったがかかり、担当が所轄(高輪署)から捜査一課に変更となり、結果、嫌疑不十分として不起訴処分となる。まるでドラマのような展開に、伊藤詩織さんが不信感を持ったのも仕方がないところではないでしょうか。

全ての経緯が公けとなったところで、真相が明らかとなることを見守りたいと思います。



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