小室哲哉の相手看護師の顔画像!引退会見でKEIKOの現在や想いを語る..3度の結婚歴や子供など経緯まとめ【文春砲】

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小室哲哉さんに不倫疑惑の文春砲です。小室哲哉さん(59歳)が、嫁で病気療養中のKEIKOさんを大分の実家に帰した日に浮気相手の看護師A子を自宅に招き一夜を共にしていたと写真画像付でスクープしました。浮気相手の女性は柴咲コウ似の美女で、その顔画像は2016年放送のクロスロードで、小室哲哉さんにニンニク注射をする看護師として登場しており、すぐに特定されることとなりました。

2018年1月19日(金)、小室哲哉さんは記者会見を開き、不倫騒動のけじめとして引退を決意したことを宣言しました。不倫疑惑の真相と嫁のKEIKOさんの現在の症状や想いを明かした会見動画を紹介しています。

小室哲哉さんにはこれまで3度の結婚歴があり、2度目の結婚相手のAsamiさんとはできちゃった婚で子供も生まれましたが、Asamiさんと交際を始めた頃は、まだ華原友美さんと付き合っていた頃でした。そしてAsamiさんとの結婚後すぐに、小室哲哉さんは今度はKEIKOさんに心変わりし、Asamiさんとは10カ月で協議離婚となります。

その後、現在の嫁となったKEIKOさんとは長く結婚生活を続けており、KEIKOさんが2011年にくも膜下出血の病気で倒れた後も、献身的にサポートを続けていましたが、後遺症の高次脳機能障害で音楽に興味を示さず、大人の女性としての会話ができなくなった嫁のKEIKOさんの介護に3年前ごろから疲れてしまい、自身もC型肝炎やストレスからの突発性難聴や摂食障害の治療が必要で、いつでも往診してくれる看護師A子さんは点滴の治療だけでなく、雑談や相談に乗ってくれる心を許せる相手となっていきました。

昨年の11月22日のいい夫婦の日には小室哲哉さんは自身が選んだ嫁のKEIKOさんの画像を投稿したり、11月27日の誕生日には笑顔のKEIKOさんとのツーショット画像を自身のインスタグラムに公開しており、KEIKOさんへの愛情は変わらずあるものの、音楽に関心の無くなったKEIKOさんは、ピアノのフレーズをちょっと弾いても30秒も聞くのがもたなかったり、悩みを相談しても「そうなんんだ」としか返ってこず、話しを聞いてくれる看護師A子さんにどんどんと依存することとなっていきました。

看護師A子さんとの不倫疑惑については、小室哲哉さんは非常にお恥ずかしい話なんですけど、と前置きをし、この5~6年、体調不良が原因で普通の男性としての能力が無く、男女の関係ではなく精神的な支えであったことを話しました。




小室哲哉に看護師A子と浮気の文春砲【クロスロード顔画像】

音楽プロデューサーの小室哲哉さんに不倫疑惑の文春砲が放たれました。

小室哲哉さんが、昨年12月から今月にかけ、嫁のKEIKOさん以外の女性と度々、不倫密会しているとスクープされました。

2017年12月13日には、浮気相手A子の女性宅に小室哲哉さんがお泊り。看護師A子さんは、小室哲哉さんとKEIKOさんの住む自宅から5分しか離れていない距離にあるマンションに住んでいます。

2018年1月5日は、KEIKOさんを自宅に残し、2人は都内の高級ホテルで朝方から密会し、夕方に腕を組んで部屋を出た2人は、小室哲哉さんの運転手付きベンツでホテルを後にします。

2018年1月13日には、KEIKOさんが実の母親に付き添われて大分の実家に帰った後、浮気相手の女性が小室哲哉さんの自宅を訪れ一夜を共にしたとのこと。

小室哲哉さんの浮気相手はどんな女性なのでしょうか?


週刊文春デジタル

小室哲哉さんの不倫の浮気相手は、柴咲コウ似のシングルマザーで職業は看護師のA子さん。

A子さんは一般人なので、文春の顔画像にはモザイクがかけられていますが、2016年8月13日放送のクロスロード「小室哲哉音楽家・プロデューサー」の回に、小室哲哉さんにニンニク注射をうつ看護師として登場しており、その顔画像は小室哲哉さんにより公のものとなりました。

柴咲コウ似の美女と言われるだけあり、浮気相手の看護師A子さんは黒髪で目鼻立ちがはっきりしている美女ですね。美しいだけでなく、看護師としての実力もぴか一なのだそうです。

小室哲哉さんと浮気相手A子さんの馴れ初めは、小室哲哉さんがニンニク注射を受けるために通っていたクリニックの看護師がA子さんで、初めはクリニックで接種を受けていた小室哲哉さんでしたが、その後、看護師のA子さんがスタジオや自宅を訪れる出張接種を個別に受けるようになったのだそうです。

2011年にくも膜下出血で倒れた嫁のKEIKOさんは、現在は普段通りの生活はできるものの、5分前や1時間前にしたことを忘れてしまう記憶障害が残っており、歌にも昔のように興味を示さず、躁鬱で言えば、いつも躁の状態で、小室哲哉さんのことは、旦那というより、パパと中学生の娘といった関係なのだそうです。

小室哲哉さんと浮気相手の看護師A子はいつ頃から不倫関係にあるのでしょうか。

文春が密会をスクープしたのはここ最近の昨年12月以降のことですが、文春のインタビューに対して、小室哲哉さんは、2人の関係について、2016年8月に小室哲哉さんが骨折をした際に、病院にお見舞いに来てくれたのがきっかけだったと告白しています。

小室哲哉の浮気相手のクリニックはどこ?

小室哲哉さんがニンニク注射を打ちに通っていたクリニックとは、エイベックスのCEOである松浦勝人さんがエイベックスの本社ビル内に開院した「エイベックスクリニック」で、エイベックスビルの改装にともない六本木に移転して六本木一丁目クリニックとなっていましたが、現在は、2017年12月のエイベックスビル完成に伴い南青山に再度移転して「エイベックスビルクリニック」として開院しています。

小室哲哉さんが通っていた現・エイベックスビルクリニックの院長によると、2人の出会いは、看護師A子がエイベックスクリニックに勤めていた6年ほど前から3年くらいのことで、2年ほど前には、クリニックのホームページに掲載されていた小室哲哉さんと看護師A子の写真を削除してほしいとの依頼が小室哲哉さん側からあったのだそうです。

というのも、2014年~2015年に小室哲哉さんと看護師A子の不倫関係がとある週刊誌にキャッチされ取材されていました。
結局、この時に不倫の記事が掲載されることはなかったのですが、当時から2人の関係は周囲から噂されるものでした。

文春のインタビューに対して、小室哲哉さんは不倫疑惑は否定したものの、1月13日に小室さんの自宅で浮気相手と一緒に寝たことは認めています。

不倫疑惑を文春から知らされたKEIKOさんの母親は「ショックです…」と語るのみだったとのこと。

小室哲哉 記者会見で引退と不倫疑惑の真相を語る

1月19日午後1時過ぎ、小室哲哉さんは都内で記者会見を開き、謝罪と不倫疑惑報道のけじめとして引退を決意したことを表明しました。

同日の夜、小室哲哉さんは自身のインスタグラムを更新し、引退の決意と、今の思いを伝えています。(*小室哲哉さんのインスタグラムは現在、非公開設定となったため、文章を代わりに表示しています。)

(1月 19, 2018 at 1:51午前 PST @tk19581127)
本日1月19日の内容をお伝え致します。
ご心配お騒がせして申し訳ございません。よかったら読んでみてください。
今回の報道により、妻であるKEIKO、家族、ファンの皆様にご心配をおかけし、お相手の方にご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします。 私なりのこの騒動のけじめとして、引退を決意しました。

まずは、2010年までさかのぼらせていただきます。執行猶予付きとはいうものの、金銭問題による有罪判決を受け、五年の歳月を過ごす中、妻、桂子の急病、入院時からのサポートという環境で仕事を続けて参りました。

桂子の後遺症は幸い身体的なものはありませんでしたが、歌手という職業に戻る事は出来てない状態です。 最初の一年ほどはカラオケなど誘って、歌に向かせようとしましたが、音楽に興味がなくなり、すぐ音の世界から遠ざかる日々がやってきました。

私は皆さまの支援もあり、音楽の仕事を続けることが出来、年々日々、多忙になりました。そのため、桂子のサポートや付き添いの役目を近くのスタッフや、実家のご家族に協力お願いすることが多くなり、東京都内の生活が3分の2、実家での生活が3分の1ほどの割合になってきてしまいました。

昨年は夏前の1ヵ月、11月からの2ヶ月ほどは実家のご家族にサポートをお願いしております。 約2年前にC型肝炎を患い半年闘病生活送りました。

桂子だけでなく私も病気になり、2人での闘病生活と言う大変辛い時期を過ごしました。
今更ですが、あの時いろいろな方向転換であったり、芸能活動の縮小をすべきだったとも思っております。

薬の副作用は想像以上に大きく、体の色々な機能にも影響を及ぼしました。
現在も常に定期検診を行っております。

何とか仕事に復帰した一昨年から、自分は昨年の8月にストレスによる摂食障害、睡眠障害などで入院をしなければならなくなりました。

複数のお医者様、看護師の皆様の協力を経て、秋から仕事に復帰でき、なんとか順調な状態に戻れたかと思っておりましたが、完治はせず、突発性の難聴を含む体調不良に現在も悩んでおります。

そんな中A子さんのクリニックは早朝、昼休み、ときには深夜などの診療または往診に応じてくれまして、日に日にスタジオ、コンサート会場、桂子が在宅中の深夜の往診などが増えました。

突然依頼することも多くなり、会話も雑談的なものから日々の生活の悩みまで、メンタルケアと言えるような時間も増えてきてしまいました。私の精神的な甘えから、お互いのプライベートの悩みや心配事なども話し合うようになりました。

3度ほど桂子が在宅中にも往診に来てもらったこともあり、私の気の緩みから桂子を実家に預けている日にも往診に来てもらう事が増えてしまいました。

そういった経緯で皆様に誤解を与えてしまう行動を起こし、ファンの皆様にご迷惑と不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。お詫び申し上げます。

体調不良は今も変わらず、耳鳴りも止まらず音楽制作の滞りも増え、皆様の期待に応えられるような楽曲がなかなか作れず簡単に一週間が過ぎてしまうスタジオ生活もあり、一般的な定年の年である60歳を前にこのようなレベルの音楽制作で良いのかという、不安と懸念と自信のなさが高まるばかりの日々でした。

2018年の11月には還暦を迎えると言う事であと1年、皆様の期待に応えられるような音楽制作ができるのかという不安に駆られる日々がさらに続きました。

桂子にも当然悩みは伝えましたが、理解してもらうことも難しいなという認識でおりましたので、ほとんどの心配事は、医療の知識とメンタルケアの知識を持ったA子さんに頼る年末年始となってしまいました。

そういった状況の中で2010年に遡りますが、気持ちとしては裁判所で聞いた主文、判決の様な感覚を、週刊文春さんの突然の取材から思い出しました。一般的には正式な犯罪とは言えないものの、起訴され有罪判決を受けたような気分になりました。

私の勝手な思い込みですが、罪があれば罰もある、そんな感覚を持つ数日間でした。

去年から頭にもたげていた音楽生活の引退という、皆様にお疲れ様と言ってもらえるような祝福を受け、グラウンドを去るアスリートのような夢を見た引退の日とはかけ離れたものとなってしまいましたが、今回の報道による罪を償う手段として、音楽をなりわいとする私は音楽の道を退くことが私の罰であると思いました。

昨年末までに私が作った楽曲の中で、愛着がある物、出来栄えが良かったもの、皆さんが気にいってくださった曲、今後もどなたかが愛してくれる曲、そういった楽曲を残していくためには、今の私のようなふらついた精神、芳しくない体調では期待に答えられず、自分が作った楽曲を殺しかねないと言う恐怖感念にも駆られております。

想像していたより、少し早まってしまいましたが、作曲を始め、音の制作、ライブ演奏その他音楽に関する仕事を引退をすることで、今回の罪に対する罰と認識し、現在引き受けさせていただいているお仕事を全うさせていただくことが許されるのであれば期待に応えるべく制作させて頂き、自発的な音楽活動は今日をもって退こうと思っております。(続く)

(1月 19, 2018 at 1:57午前 PST @tk19581127)
続きです。よかったら読んでみて下さい。

元はと言えば自分の才能を過信し、その才能の枯渇から約二十年。

お騒がせしした意味も含めそこそこの歳月かなぁと感じております。

本日からグループのメンバーとは時間をとって頂き報告をし、それぞれの道を決めさせていただきたいと思っております。

私に対して音楽の依頼をして頂いてる皆様からの意見も伺いながら、桂子への責任をどうするか、熟慮する時間を少しいただきたいと思います。私は基本的にテレビを中心とする仕事ではない関係上、本日からきれいに身を引くと言う形は取りづらい見えづらい形とはなってしまいますが、重ね重ね申し上げています通り、今回皆さんにご迷惑をかけした償いとして、音楽生活の引退発表とさせていただきます。

私にとって判決のような取材からまだ5日間しか経っていないものなので、今後の生き方、身の振り方などは少しお時間をいただいて考えたいと思います。勝手な苦渋の決断ではありますが、私の中では精一杯の罪の償いかと思っております。どれほどの生活水準が下がるかは計り知れませんが、実直に受け入れようと思っております。

ファンの皆様、関係者様におきましては、35年近く本当に大変お世話になったと思っております。心より感謝申し上げます。 ありがとうございました。




小室哲哉の嫁・KEIKOの現在は病気の療養中

小室哲哉さんには2002年に結婚した嫁のKEIKOさんがいますが、KEIKOさんは2011年10月24日に自宅でくも膜下出血で倒れ、25日未明から5時間にわたる緊急手術を受けます。手術は無事成功したものの、KEIKOさんは、現在に至るまでの6年以上を自宅や実家で療養の日々を続けています。

その日の朝、KEIKOさんはずっと頭痛を訴えており、薬をのんでも頭痛が治まらなかったことから、なにかおかしいと感じた小室哲哉さんが119番をして病院に緊急搬送したのだそうです。

救急車なんて恥ずかしいと話していたKEIKOさんでしたが、担架に乗せられて玄関を出たぐらいで意識がなくなり、病院でくも膜下出血と診断されます。後1時間遅ければ脳梗塞を起こしていたとのことで、小室哲哉さんの判断がKEIKOさんを助けることとなりました。

搬送先の病院ですぐに手術となり、KEIKOさんは一命をとりとめることができましたが、くも膜下出血による脳への損傷から、KEIKOさんには現在記憶が失われるという記憶障害の後遺症などが残ることになりました。

これまでのことは覚えているのに、ついさっき言った事を忘れてしまったり、現在記憶がないので、新曲を覚えることができないのだそうです。

歌や音楽にも病気前のように関心を示さず、小室哲哉さんはKEIKOさんをカラオケに3度連れていったことがあるのだそうですが、KEIKOさんは1番を歌うと飽きて止めてしまったのだそうです。KEIKOさんは、「高い声の出し方を忘れちゃった」とあっけらかんと話したといいます。

現在のKEIKOさんの症状は、躁鬱で言えば、いつも躁の状態で明るく、小学校の高学年や中1など、思春期や反抗期前になる前の子供同然なのだそうです。つまりは、小室哲哉さんとの関係は、夫婦の男女関係というよりは、パパと娘の親子のようなものになるとのこと。小室哲哉さん曰く、「(KEIKOさんの具合は)生活できますけど、僕の具合が悪い時のケアは何一つできない」と明かしています。

小室哲哉さんが運営する自身のインスタグラムには度々、嫁のKEIKOさんの写真画像が投稿されていましたが、この数年は、小室哲哉さんはKEIKOさんを大分の実家に預けることが多くなり、以前のようにKEIKOさんの帰省に付き合うことも無く、空港に見送りに行くことも減り、小室哲哉さんとKEIKOさんの間には距離ができてきていたと言います。

小室哲哉さんは浮気相手の看護師A子さんと嫁のKEIKOさんをこのように例えています。

小室哲哉「やっぱり水がここ(2人の間)にあって、

『水を飲んだほうがいいよ』って言ってくれるのと、

何も言わずに飲まれるのでは

ついつい勧めてくれる人を取りますね」

小学生の状態のKEIKOさんは、小室さんに構わず水を飲んでしまう存在、

それに対して、看護師A子さんは、

小室さんのことを察し考え、「水をのんだほうがいいよ」

と言ってくれる存在、ということなのでしょうか。

小室哲哉さんは、看護師A子さんとの関係について、男女の不倫関係ではなく、

「病人と看護師さんの関係」と主張しています。

KEIKOさんは、昨年11月末から年明けまで、実家の大分で過ごしており、1人東京に残る小室哲哉さんは、KEIKOさんのいない大半の時間を看護師A子と過ごすようになっていきます。

病人と看護師の関係を良いことに、どんどんと看護師A子さんを頼り依存していく姿が見えてきますね。

こちらは小室哲哉さんの昨年の誕生日(11月27日)を嫁のKEIKOさんと過ごした時のインスタ画像で、一番最近のKEIKOさんの姿になります。(小室哲哉さんのインスタグラムはその後、非公開設定となり投稿が見れなくなりました。)

(11月 27, 2017 at 5:45午前 PST @tk19581127)
皆さまの計らいで、 食事ぐらいはできました! 来年は、再来年は、どうなんだろうとは思いますが、瞬間を 大事にしなきゃとは思って。 今年もよろしくお願いします ありがとうございます。

そしてこちらは昨年のいい夫婦の日(11月22日)に小室哲哉さんが自身のインスタに投稿した嫁のKEIKOさんのセレクト画像になります。

(11月 21, 2017 at 6:19午後 PST @tk19581127)
朝から、何となく写真の 蔵出し。僕、セレクトです。 90年代、ノーメイクの画像がたくさん残ってる。

2017年8月15日にはKEIKOさんの歌声を公開していましたが、それも今は見ることができません。

(8月 14, 2017 at 1:17午後 PDT @tk19581127)
病気後に創って唄ってみた keikoの声です。きっと今は もっと上手になってると思う。

小室哲哉さんのKEIKOさんへの愛情は色あせることは無いようですが、疲れた小室哲哉さんを癒してくれるのは看護師A子さんだけだったということでしょうか。

昨年のKEIKOさんの誕生日には、「佳子さんがglobeのKEIKOさんの気分になるのは月に3日ほどしかない」ことを告白しています。

小室哲哉さんは、2017年10月に訪れた上海で意味深なインスタ投稿をしていました。

(10月 9, 2017 at 7:04午後 PDT @tk19581127)
「異国の地、上海で考えていました。
僕は、引退しないのかな?
定年はあるのに?
家族って、何を指すのかな?
愛って何なんだろう?
少し疲れたかな?
なんてね〜(^^)
喧騒は時に孤独にさせるのです。」

家族について、愛について、疲れた本音を告白していました。

現在、59歳となった小室哲哉さんですが、若いころは惚れっぽく女癖が悪いことで知られており、結婚歴は3回を重ねています。




小室哲哉の3回の結婚歴の元嫁や子供は誰?

小室哲哉さんは、東京都府中市出身のミュージシャン、音楽プロデューサーで、
生年月日は1958年11月27日生まれの現在、59歳です。a nine所属。
身長167㎝、体重57㎏、血液型はO型。

小室哲哉さんは1983年に宇都宮隆、木根尚登とTM NETWORKを結成し、翌年の1984年にシングル「金曜日のライオン」でデビューします。

作曲家としても早くからその才能を開花し、1986年に渡辺美里さんへ提供した「My Revolution」が第28回日本レコード大賞金賞となり、1987年にTM NETWORKの「Get Wild」がヒットとなり、1988年にNHK紅白歌合戦に出場を果たします。

1993年にプロデュースしたtrfが人気となって以降、篠原涼子、安室奈美恵、華原朋美、H Jungle With t、globeなど、手がけたアーティストが次々とヒットを生み出し、プロデューサーとしての小室ブームを巻き起こしました。

プライベートでは、3回の結婚歴のある小室哲哉さんですが、
1回目の結婚は1988年、小室哲哉さんが30歳の時でした。

◎結婚歴1:キララこと大谷香奈子(1988~1992年)

お相手は、アイドルデュオ「キララとウララ」のキララこと大谷香奈子さん(当時22歳)です。

「てつや・キララ対談」では、小室哲哉さんは「アイドル博士」と紹介されており、当時の小室さんの好みのタイプ・ナンバー1がキララさんだったとのことです。一番大好きなアイドルと結婚したということですね。

大谷香奈子さんは、小室哲哉さんとともに一時期イギリスで生活をしていましたが、結婚から4年後の1992年に協議離婚となります。

大谷香奈子さんはその後、2000年に別の男性と再婚されています。

■元彼女:華原朋美(1994年~1999年)

結婚には至っていませんが、小室哲哉さんと華原朋美さんが交際していたのは有名な話しです。

きっかけは、華原朋美さんが1994年(当時20歳)に芸名・遠峯ありさとして出演していたバラエティ番組を見ていた小室哲哉さんに見初められて交際がスタートします。華原朋美さんはそのルックスだけでなく、歌声も小室哲哉さんを魅了し、小室哲哉プロデュースとして1995年にシングル「keep yourself alive」で歌手デビュー後、2作目の「I BELIEVE」、3作目の「I’m proud」とミリオンヒットを飛ばしトップアーティストの仲間入りを果たします。

華原朋美さんの芸名の由来は、小室哲哉さんと同じTKのイニシャルになるように本名の下河原朋美(しもがわら ともみ)と近い名前からつけられたのだそうです。どれだけ小室哲哉さんに愛されていたのかがわかるエピソードですね。

小室哲哉さんは後に華原朋美さんについて「アーティストに手をつけたのではない、恋人に曲を書いてデビューさせただけだ」と語っており、最初は華原朋美さんをテレビで一目惚れして恋人にしたけど、歌声を聞いたら感動して、歌手デビューさせた、と言うことになります。

惚れっぽく、好きになった女性にはアプローチをして、恋人にするといった小室哲哉さんの恋愛スタイルが見えてきますね。

小室哲哉さんと華原友美さんの破局が報じられたのが1999年1月のことでした。
華原友美さんが、自宅で料理中にガス中毒で倒れ、緊急入院となったのですが、小室哲哉さんとの破局が原因の自殺未遂と報じられたのでした。

小室哲哉さんの恋人となり、歌手デビューも果たし小室哲哉さんに全てを依存していた華原朋美さんでしたが、小室哲哉んさんは別れを告げることもなく、華原友美さんの前から急に消えて、家に帰って来なくなったのだそうです。

小室哲哉さんが華原友美さんの前から消えたのは、次の彼女ができたからでした、それが、2回目の結婚相手となるAsamiさんでした。

◎結婚歴2:Asamiこと吉田麻美と娘(2001年~2002年)

ダンサーのAsamiさんは、1995年にオーディション番組「ASAYAN」で企画された小室哲哉さんの「コムロギャルソン」に応募した約26,000人の中から合格し、同様に降格した西川妙子(taeko)さんと、椛山永次(kabaちゃん)とともに、小室哲哉さんプロデュースで1996年にdos (ディー・オー・エス)のメンバーとしてデビューを果たします。

dosの活動は約1年で終了し、小室哲哉さんは、1998年にAsamiさんとの2人組音楽ユニット「TRUE KiSS DESTiNATiON」を結成します。

Asamiさんは、この頃、小室哲哉さんから告白されたそうで、まだ華原朋美さんと付き合っていたことを知りつつも彼氏彼女の関係へとなっていきました。そして、2001年5月にできちゃった結婚をします。

Asamiさんは2002年9月に娘を出産しますが、その翌年の2002年3月には協議離婚が成立します。

妊娠中の嫁のAsamiさんがいながら、小室哲哉さんの気持ちはすでに次の嫁となるKEIKOさんに移っていたのでした。

KEIKOさんへの浮気が原因なのが明らかなため、小室哲哉さんはAsamiさんとの離婚に際し慰謝料としてAsamiさんと生まれた娘が住むマンションの家賃、そして娘が成人するまでの月200万円の養育費を約束しますが、慰謝料は一括で支払われず、2004年8月には支払いが早くもストップしてしまい、Asamiさんはそのマンションから引っ越しを余儀なくされたとのことです。

◎結婚歴3:KEIKO(kco)こと山田佳子(2002年~現在)

Asamiさんが小室哲哉さんと結婚をして5か月目あたりから、それまでべったりだった小室哲哉さんが急によそよそしくなっていったのだそうです。その原因がKEIKOさんであることを知ってAsamiさんは全身が震え出したと、当時のショックを語っています。

Asamiさんとの協議離婚が成立した2002年3月の同年11月22日のいい夫婦の日に、小室哲哉さんは5億円の豪華披露宴を開きKEIKOさんと結婚します。当時、吉本興業に所属していた小室哲哉さんの披露宴には、小室ファミリーやアーティスト、俳優、スポーツ選手の他に、小室哲哉さんとは面識のない大御所芸人が何人も出席をする招待客600人に上り、テレビで生中継を行う豪華な会となりました。結婚式の2次会のじゃんけん大会の景品はなんとフェラーリとキャデラックだったそうです。

小室哲哉さんにとってそれほどKEIOさんは特別の女性だったのでした。

2008年「オーラの泉」に出演した小室哲哉さんは、江原啓之さんから、「今の奥さんと出会うまで、本当の意味での他人との会話ができていなかった」と評されています。

「この世から無くなると困るもの」との質問に小室哲哉さんは「奥さん」と答え、KEIKOさんは小室哲哉さんにとって「人間を信じることができた初めての人」であり、「母親のような存在」であることを明かしています。

そんなKEIKOさんは、小室ブームが去った後の苦しい経済状況の中でも小室哲哉さんを見捨てることはありませんでした。

借金苦から小室哲哉さんは、2008年に自作した曲の著作権の売却に絡み5億円の詐欺事件を起こして逮捕されてしまいます。

当時、借金の影響でKEIKOさんの実家にまで迷惑が掛かることを避けたいと、小室哲哉さんがKEIKOさんとの離婚届けを逮捕前に提出したと報じられた際、KEIKOさんは、「小室佳子」のサイン入りコメントを発表し、「私達のこれからの人生は大変険しいものですが、共に歩む覚悟です」と離婚を否定しました。

深く夫婦として結ばれていた小室哲哉さんとKEIKOさんでしたが、無理がたたったKEIKOさんは、その3年後の2011年10月に、くも膜下出血で倒れることとなります。

それから約6年。後遺症から、旦那としての小室哲哉さんに興味を持つことも無く娘のような存在となってしまったKEIKOさん。
KEIKOさんが満たしてくれない精神的支えを、看護師A子さんが務めてくれたことで、小室哲哉さんは良き旦那として、音楽家として続けてこられたのかもしれません。

請われて忙しく音楽活動の創作をする一方で、小室哲哉さんは、能力の枯渇や限界を感じ、悩み、不安、自信の無さにさいなまれストレスを抱えていたことを会見で明らかにしています。

小室哲哉さんは自発的な音楽活動からの引退を表明しましたが、YOSHIKIさんがツイッターで語った「音楽家は永遠に音楽家です」の言葉が心に響きます。

「音楽家は永遠に音楽家」、その言葉を胸に小室哲哉さんの回復と活動再開をお待ちしています。







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