かつみさゆり しくじり借金の返済利息額が2億でも離婚しない夫婦愛・家族愛に感動。

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かつみさゆり 画像 メオと漫才師 しくじり借金 2億円

関西で人気の浪花の夫婦漫才師、かつみ・さゆりが6月6日放送の「しくじり先生」に出演し、今までに払った返済借金の利息額が2億円であることを明かしました。

現在も多額の借金の返済(借金残高は1億7千万円のまま!)に苦しんでいるかつみ・さゆりは、なぜ離婚をしないのか?

何をやってもうまくいかない旦那かつみを、嫁のさゆりはなぜ見捨てなかったのか?

そこには、誰もが感動の夫婦愛・家族愛がありました。

「自分の大切な家族が困ったとき見捨てますか?」

詳細を見ていきましょう。

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かつみ・さゆりの経歴プロフィール

大阪をメインとして活躍している夫婦漫才師、かつみさゆりさん。

旦那のかつみ(太平かつみ)さんは、本名、市田克彦(いちだかつひこ)。1963年2月27日京都府生まれの、現在53歳。

1985年、23歳の時に漫才コンビ「どんきほ~て」として活動し、NHK上方漫才コンテストの最優秀賞をはじめ、数々の漫才コンテストで受賞するなど、大人気の実力派漫才師として活躍していました。

嫁のさゆり(尾崎小百合)さんは、本名、市田小百合(いちださゆり、旧姓・尾崎)。1969年7月15日まれで、年齢は、現在46歳です。

神戸市長田区の出身で、丸山中学校、夢野台高等学校を卒業後、大阪音楽大学短期大学部ピアノ科へ進学するも中退しています。

っていうか、さゆりさんの現在の年齢が46歳というのが驚きでした。身長163㎝、体重45kgと美人で美脚で、40代には見えないですよね。最近はこの言葉は使われなくなりましたが、本当の美魔女ですね。

若いころはミスコン荒らしとして知られていたそうで、バラエティ番組やイベントに出演する美人タレントとして活動していました。

そんな2人は桂三枝(文枝)の番組で共演したのをきっかけに知り合い、中田カウスの勧めにより、2000年に漫才コンビ「かつみ・さゆり」を結成します。

さゆりさんの「ぼよよ~ん」のギャグで人気を博し、現在は、劇場に出たり番組のリポーターとして活躍しています。

さゆりさんと言えば、絶対音感を持っていて、特技を活かしたピアノ芸人としても活躍していますよね。

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かつみ・さゆり 借金の利息だけで2億円!

これは何の数字?として出された数字の「「2億円」。

担任役のオードリー若林は、「大体わかる。こんなわかることねーなー」と、早々に「借金(の数字)」と当てにいきますが、正解は想像を超えたものでした。

「2億円」はなんと、かつみ・さゆりが今までに払った借金の利息の総額でした。

利息だけで2億円ということは、元の借金はいくら?と思いますが、借金の総額は1億7000万円で、かつみ・さゆりはその借金を25年間返済し続けているものの、借金の元金は1円も減っていないのでした。

どうして、2人は計画的に借金を返済することが出来ないのか、その理由をかつみ・さゆりはこう説明します。

かつみは、大口を叩いて夢ばかり語る夫で、さゆりは、世間知らずで夫の言いなりになってしまう妻だと。

かつみは大資産家の3人目の愛人の子どもだった

まずはかつみさんの生い立ちを見ていきましょう。

かつみさんは、少年時代から「絶対に金持ちになったる‼」という思いを持っていました。

かつみさんは、大資産家の3人目の愛人の子どもで、生まれた時に父親は60前ぐらいで、これまで5回ほどしか会ったことがなんだそうです。

父親は大資産家だったのですが、資金援助は一切してくれず、極貧の暮らしの中、かつみさんは、いつか父親を見返してやろうと思っていました。

1980年代は漫才ブームで、億万長者になっていく漫才師を見ていたかつみは、1984年芸能界にはいり、その時に出会った相方と「どんきほ~て」という漫才コンビを結成します。前述のとおり、新人賞総なめの実力で活躍するかつみさんは売れっ子となり、結成3年目で年収1000万円を突破します。

1986年の25歳の時に2680万円の新築マンションを購入しますが、時はバブルの世の中で、半年後にマンションが完成した頃にはマンションの価値は8000万円に上がっていました。

5000万円以上の含み益を得たかつみさんには、銀行の支店長から1000万円を借りてくれないかとの依頼が来ました。

かつみさんは1000万円を借りて、その時、流行っていた株投資をはじめます。

株に投資した1000万円は半年後には5000万円に値上がりしていました。

約1年で資産が1億3000万円となったかつみさんは、自分は投資の天才や!と思うに至ります。(実際はバブルの勢いのおかげなんですけどね。)

かつみさんの快進撃はつづき3年後の28歳で資産3億円を達成します。

味をしめたかつみさんは、次の28歳から30歳までの2年間で、この3億円を10億円にしようと意気込み、資産の全てである3億円を投資につぎ込みます。

そして、この時に覚えたのが、元金の3倍の取引ができる信用取引でした。

勝負の結果は、マイナス4億7000万円となってしまい、3億円を引いた1億7000万円の借金を背負うことになってしまいました。

かつみさんは、さゆりさんと出会う前に、すでに1億7000万円の借金を作っていたのでした。

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かつみとさゆり、2人の馴れ初めとは?

一方、さゆりさんの少女時代は、家族からの愛情をいっぱいに受けて育った超箱入り娘でした。

門限も厳しく、彼氏ができたら父親は大激怒するような環境で育ったさゆりさんは、少女漫画に憧れる「ベルばら」のような激しい恋に憧れるようになります。

さゆりさんは音大に入学する前に新聞募集で見た番組アシスタントに応募し1989年に芸能界デビューします。

バブルの世の中で、さゆりさんはある商売をしないかと誘われます。

それは「松茸加工ビジネス」で内職的に始めたものの大失敗で、600万円の赤字となってしまいます。

借金の返済のため、さゆりさんは大学に行けず仕事やバイトに明け暮れることとなり、大学は中退してしまいます。

番組の縁でよしもとの所属となったさゆりさんは、1990年20歳の時にかつみさんと出会います。

その時、すでに億の借金を抱えていたかつみさんには近寄るなと、さゆりさんは言われますが、世間知らずのさゆりさんは、かつみさんに敬遠することなく会話をしたところ、かつみさんからの猛アプローチを受けることになります。

「借金絶対返すねん」「俺ホームラン打つから」そんな明るく熱い夢を語るポジティブなかつみさんの言葉を聞いて、さゆりさんは、かつみさんを漫画の主人公を重ねて見るようになります。

かつみさんは今、人生の一番の底にいて、これからは上がる一方と思い、さゆりさんは着いていく決心をし2人は付き合うことになりました。

しかし、すぐにその底は抜けていたことに気づき、2人は地獄のド貧乏生活を送ることとなります。

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かつみ・さゆりの借金返済同棲生活とは?

さゆりさんは、厳しい両親に嘘をついて(シルクさんの家に泊まると言って)、かつみさんと同棲を始めます。

さゆりさんにとってドラマチックな禁断の恋でしたが、実情は、

・毎日、借金の督促電話が鳴りやまない

・郵便ポストには借金の督促状が山のように届く

・電気・ガス・水道が止まるのは日常茶飯事

・買い物に行くときは50円しか持たない(もやししか買わなかった)

そんな生活でした。

かつみさんと同棲を始めて、さゆりさんは1ヶ月で5kg痩せたんだそうです。(それを唯一良かったことと言えるさゆりさんは凄いです。)

水道も止まるような生活にも関わらず、さゆりさんは、かつみさんのことを、自分が支えてあげなければダメになってしまう、と思っていたのだそうです。

自己破産はしない、自分で作った借金は自分で返しきると、寝ずに頑張るかつみさんの姿を見るにつけ、さゆりさんは、自分も何か手伝いたい!と思てしまったのだそうです。

さゆりさんはかつみさんと一緒に借金の返済をしていくことを決めますが、かつみさんの借金はあまりにもありすぎて、どこから何円借金しているか分からない状態でした。

目先の借金返済から始めるものの、借金の全貌が分かるまでなんと1年かかったそうです。

その結果、43社から借りていることがわかったものの、1ヶ月に43件もの支払いができるはずもなく、支払えなかった分についてはその延滞金や利息がどんどんと膨らんでいくのでした。

これが、現在に至るまで、借金の元金が1円も減らない理由でした。

普通に仕事をしているだけでは、ダメだとかつみ・さゆりは「借金返済ドリーム計画」を考えます。

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かつみ・さゆりの借金返済ドリーム計画とは?

まず着手したのが、

・オオクワガタの繁殖ビジネス

計画では、オオクワガタの1ペアから50個卵を獲れるので、1年後には25ペア×25ペアで、625ペアとなり、そのまた1年後には、625ペア×25ペアで15625ペアとなり、1ペア1万円で売れることができれば、1億5625万円になる、というものでひた。

ところが、さゆりさんが殺虫剤を焚き、オオクワガタは全滅してしまったのだそうです。

オオクワガタの飼育で、家の中は至る所、天井まで飼育箱が積み上がっていたため、無数の小さな虫が家の中を飛ぶようになり、その虫を駆除しようと殺虫剤を焚いたところ、オオクワガタも駆除してしまったのでした。

事の重大さに気づいたさゆりさんは、2000年になるまで自分が犯人であることは明かさなかったそうです。

かつみさんのドリーム計画はつづきます。

・希少な猫、マンチカンの繁殖

マンチカンと言えば、足が短いのが特徴で最近、ブームにもなった人気の猫の種類で、かつみさんがブリーダーになろう注目したタイミングはばっちりだったのですが、仕事が忙しいため、さゆりさんの母親に病院でワクチンを打ってもらうように頼んだところ、去勢もしてしまったのだそうです。去勢してしまっては、繁殖は出来ないですよね。

・100円ショップ(ピコピコどん)

当時はまだ100円ショップもなく目の付け所はよかったのですが、早すぎたのか、2ヶ月半で閉店となってしまいました。

・ラーメン店(ボヨヨンラーメン ウマインジャー)

売上は1200万円となるも続かず7ヶ月で閉店となります。

ドリーム計画もうまく行かず借金は2億円を超えてしまっていました。

自信満々に夢を語ってモ何一つ上手くいかないかつみさんを見て、さゆりさんはこう思います。

「この人は一生、私が面倒をみてあげないとダメだわ!」

さゆりさんは、ここまで来たら離れる気は起らなかったと言います。自己破産をせずに頑張る姿を見て、一緒に頑張ろうという気持ちは変わりませんでした。

1996年、交際から5年後、2億円の借金を抱えたまま、かつみさんとさゆりさんは結婚をします。

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夫婦漫才師 かつみ・さゆり結成の裏話とは?

結婚した2人に生活の根底をひっくり返す出来事が起こります。

かつみさんがコンビを組んでいた「どんきほ~て」が解散となり、芸人としての収入が無くなる事態となってしまいました。

更に、かつみさんの父親が亡くなり、なんと父親が抱えていた10億円の負債が降りかかってしまいました。この20億円の負債については、相続放棄をすることで免れることができたんですが、そうすると12億円の借金とくらべ、2億円なら払えるかなぁ、なんて気持ちに2人はなったのだそうです。

ピン芸人として再出発していたかつみさんですが、大先輩の中田カウス師匠からさゆりさんとコンビを組むことを勧められます。

ただ、男同士のコンビが解散して、奥さんを相方に夫婦漫才をやるというのはよくあるパターンで、一番安易であり、一番難易度が高いものでした。

先輩芸人が、夫婦漫才をすることにより、仲違いしたり別れるのを見てきていることもあって、躊躇したと言います。

それでも、さゆり曰く、やってダメとやらずにダメなら、やってダメな方がいいし、悩んでる場合でもないとのことで、2人はコンビを組むことになり、それまでの正統派漫才から方向性を変えて開発したのが、

「ボヨヨ~ン」だったのでした。

この「ボヨヨ~ン」は、かつみさんがピンとしてどんな仕事も受けていた時に、心配だったさゆりさんは、現場についていき、カメラの回っている後ろから、手作りの小さなポンポンで応援していたんだそうです。

それが、手にもっていたのから、首にかけれるように、頭につけたらどうだろう、伸びたらどうだろう、といった具合に改良していったのだそうです。なので、このポンポンは、最初は「頑張るポン」と呼んでいたのだそうです。

関根さん曰く「そのボヨヨンには明るいけど裏側に悲しみを感じる悲哀の笑い」と称し、

ハライチも、「たしかに。借金1個のポンポンで1億、1億(の2億円)」と言ったのを受け、くみっきーは、さゆりさんはなんて素敵な女性だなと涙を流すに至ります。

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かつみ・さゆりの絆と覚悟、夫婦愛とは

「ボヨヨ~ン」のキメギャグで人気の夫婦漫才師として劇場・テレビ、夜はスナック経営と1日の睡眠時間が1~2時間という多忙な生活を送っていたところ、さゆりさんは番組収録中に倒れ、病院に緊急搬送されてしまいます。過労による子宮の病気で、先生からは今すぐ手術をしないと、10年後の命の保証はないと言われてしまいます。

やっと仕事が軌道に乗り、休むと周りに迷惑がかかるし、何よりも、返済が滞ったらどうしようと休むことを拒むさゆりさんとかつみさんは、結婚して初めて夫婦喧嘩となります。

「命を捨てていいからこのチャンスを活かしたい」

というさゆりさんに対し、かつみさんは、さゆりさん曰く、初めて見る顔と声で、こう訴えたそうです。

「この世の中に命以上に大切なものなんか何もないねん。俺にとってもこの世の中で、さゆりちゃん以上に大事なものなんかないねん、頼むから。」

さゆりさんは、この時、初めてかつみさんの涙を見たそうです。

目先のことにとらわれていた自分に気づいたさゆりさんは、かつみさんの言うことを信じて、手術をして療養生活に入ることにしました。

退院までの1ヶ月間、かつみさんは、昼間は1人で仕事をして、夜は、毎日、病院に来て寝泊まりしてくれたんだそうです。

病院のベッドで寝ているさゆりさんの姿を見て、かつみさんは、これまでの自分が独りよがりだったと思うようになり、さゆりさんが仕事に復帰後に、芸人の仕事とは別に、やはり借金を1日も早く返済したいからと、プロのアドバイスを得てビジネス経営を始めます。

それが、2012年大阪・道頓堀に開業したケーキ・フードバイキング「ボヨヨンスイーツガーデン」でした。

これまでの一発逆転の発想ではない経営にしたところ、お店は初年度から年商1億円を達成し、その後も黒字経営を続けることが出来ました。

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かつみ・さゆりの夫婦愛・家族愛に感動の涙

さゆりさんを襲った突然の病気で夫婦生活最大の危機を迎えたものの、お互いを想い合う気持ちで乗り越え、これまで以上に夫婦の絆が深まったかつみさんとさゆりさん。

大借金を抱えて人生のどん底生活を送る2人が離婚もせずに夫婦2人で生きてこれたのは、どんな時も隠し事をせず、思った事を本音で伝えて来たからだと言います。

そして、夫婦関係で最も大切な教訓が「自分よりも相手に幸せでいてほしい」という気持ちだと。

さゆりさんは、コンビを組む時にかつみさんから、コンビというものはなんでも半分ごっこで、もしそこにガムが1枚あったら、その1枚も半分にしよう、そしてその半分が大きい方、小さい方が出来たら、必ず、大きい方を相手にあげる、そういう気持ちをずっと持ち続けて、コンビをやっていこう、と言われたんだそうです。

これは、夫婦、親子、友人関係でも一緒で、

悪くなったら相手のせいにするのではなく、上手くいった時に「ありがとう。この人のおかげやわ」と思ってやっていくということ

このことを教えられて、夫婦でも心がけてきたことだといいます。

両親から無償の愛情をもらって育ったさゆりさんは、かつみさんからもそれと同じぐらいのさゆりさんへの無償の愛情を、いつも感じてこれまでくることが出来たんだといいます。両親からと同じくらいの愛情を自分が心で感じることが出来るのは、何よりも一番の幸せだと言います。

かつみさんは、3人目の愛人の子どもとして生まれてきて、母親が亡くなれば天涯孤独となるところを、「私が家族になってあげる」と言ってくれたさゆりさんの言葉が本当に嬉しかったんだそうです。さゆりさんに優しく接してもらって自分は本当に幸せだと言います。

父親が亡くなったときに「親父に何にももらうことができんかったわ」と言うかつみさんに、さゆりさんは、「かつみさんの人生がお父さんからの最大のプレゼントやで。嫌いやったら産ませてないよ。産んでくれて、かつみさんに人生を与えてくれたのがお父さんの最大のプレゼントなんよ」と言ってくれたそうで、かつみさんは家族の愛を始めて教えてもらったと言います。

さゆりさんは、そんなかつみさんの家族になりたい、なってあげたい、家族ってこんなに温かいものなのだということを、かつみさんと最初に出会ったころから知ってもらいたかったんだそうです。

なんで別れなかったの、離れなかったの、と聞く人はいるけど、

「家族って、自分の大切な家族が困った時に見捨てますか?」

「 家族は絶対に、見捨てないですよね。」と。

さゆりさんはかつみさんの家族なので、かつみさんが困ったときには絶対に見捨てない、沈む時は一緒に沈む覚悟で乗り込んでいるので、これからもずっとついて行きたいとのこと。

そして〆は、先ほど紹介した売上も上々で、借金返済の光がみえてきた「ボヨヨンスイーツガーデン」の話でした。

いよいよ東京進出か?の声の中、なんと、スイーツ店は、この番組の収録日の翌日である3月27日に閉店となってしまったそうです。

理由は、現在、道頓堀界隈が人気となりお店の入っているビルが中国の投資ファンドに購入されたところ、価値が上がったことで、家賃もめちゃくちゃ上がってしまったのだそうです。

閉店が決まってしまった3月27日は、なんと、かつみ・さゆりの20回目の結婚記念日でもあるのだそうです。

最後は、夫婦漫才師よろしく笑いをとっての〆となりましたが、その場にいた女優の高梨臨も、お互いを想い合える関係が素敵だ感動して涙を流していました。

感動あり、オチありのさすがのかつみ・さゆり夫婦でした。




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